ひさしぶりに飲んだらコカ・コーラがおいしい!うまい!と再発見したので歴史について調べてみた!

コーラ

始めに

実は最近は喉が渇いたときにはレッドブルやライフガードなどの栄養ドリンク。

刺激的な炭酸に飽きると、カフェオレやボスコーヒー。そして次のブームはミルクティーになり、そしてそのあとは不眠の対策のためにカフェイン断ちに取り組んでいました。

 

そして久しぶりに飲んだコーラが美味しいのなんの。

ただ刺激を求める炭酸的な恋に疲れ、色々な女性に手を出して、癒し系のカフェイン系の女性を好きになり。それでも問題を起こして、しばらく恋愛から距離を置いていたけども。最終的にはコーラ的な幼馴染と恋に落ちる。

 

そんな一連の恋愛劇的な経験を積んだ結果。やっぱりコーラって美味しいですねと気づきました。

かといってまたカフェインで不眠になるのも嫌なので、頻度は減らしますが、たまにはコーラをぐびっと飲もうと思います。

 

というわけで謎のテンションと説明で始まりましたが、久しぶりのコーラが美味しかったのでコーラについて調べてみることにしました。

コーラが美味しいかったからコーラについて調べる、という因果関係は自分でも分かっていませんが、まあ好きな女の子のことは知りたくなる。というような心理状況なのかもしれません。

 

こんな謎のテンションが続きますが、読んでもらえると幸いです。

 

 

コーラ

コカ・コーラの公式HPには情報が盛りだくさん

ひさしぶりに飲んだコーラが美味しかったという理由で始まった「コーラについて調べてみる」記事ですが、問題はどうやって調べようかということです。

でもネットで検索してみるとすぐにコーラの公式HPを見つけました。そこにはコーラに関するトリビアや歴史、またコカ・コーラを世界的に愛される炭酸飲料にした広告やマーケティングの歴史についても書かれていました。

この記事では僕が注目した部分を紹介していこうと思います。

もっとコーラについて知りたい!と思った人は以下のリンクから公式のHPの記事を読んでもらえれば思います。

コカ・コーラのヒストリー[公式HP]

 

コカ・コーラに限らずレッドブルなどの炭酸飲料や栄養ドリンクを販売している会社は広告やマーケティングにお金をかけている印象です。

テレビCMの広告はもちろん、スポーツやイベントにスポーンサーになることで自社ブランドのアピールをしながら様々なジャンルの応援もしている。

もちろん公式HPにも力を入れているようで、読んでいるだけで楽しい情報が盛りだくさんだったり、サイトにアニメーションが入っていたり。

 

レッドブルなどは公式HPにあのユニークなテレビCMなども載せています。そんなレッドブルについての記事も過去に書いているので、興味がわけば読んでもらえればと思います。

面白&ユニークなテレビCMで話題のレッドブル!勉強時などにエナジードリンクを!

 

コカ・コーラの歴史を調べてみた。

コカ・コーラのヒストリー[公式HP]にはコカ・コーラの今までの歴史を紹介してくれているページがたくさんありました。

なのでそれらの重要そうな部分、ターニングポイントのような部分を僕の独断と偏見で選んでまとめていこうと思います。

もし、もっと細かく詳細を知りたいということでしたら、公式HPで読んでくださいね。

 

1.コカ・コーラのすべては一人の薬剤師の好奇心から始まった

1886年、薬剤師のジョン・S・ペンバートン博士は自分で調合したカラメル色のシロップを近くの薬局に持ち込みました。

そしてそのシロップと炭酸水を混ぜて提供したところ、試飲した人たちからは大絶賛され、一杯5セントで売り出されることに。

ペンバートン博士の経理係であったフランク・M・ロビンソンさんがその飲み物を「コカ・コーラ」と名付けたそうです。

 

今ではコーラなどの炭酸飲料は日常にあふれていて、私たちにとって当たり前のものになっていますが、当時はそんな発想すらなかったはず。

ペンバートン博士はどういう経緯でシロップを作り、そして炭酸水と混ぜることを思いついたんでしょうね。そんな革新的な発想のアイデアを思いつくような人の、普段の物の考え方とか習慣を知りたいものです。

 

余談ですが、コーラは薬剤師の人のアイデアだというのを聞いて、僕のおばあちゃんが「コーラは薬の味がする」といって嫌っていたのを思い出しました。

思い出して、懐かしい思いになりました(笑)

 

2.初代社長によるコカ・コーラブランドのビジネス展開

薬剤師の斬新なアイデアによって生まれたコカ・コーラですが、最初の年に発売された量は一日平均で9杯ほどだったそうです。

それを今や世界的な飲料水として知れわたるほどのブランドへの最初の一歩を踏み出したのが、ビジネスマンのエイサ・ G・キャンドラーさんでした。

彼はコカ・コーラのような斬新なアイデアの飲料水は、一度知ってもらえれば当時の人々に人気が出るだろうと考えていました。

そのため彼はコカ・コーラをたくさんの人に知ってもらうためにPR活動に力をいれるようになります。

無料クーポンを配ったり、またコーラのロゴ入りのグッズを配布することによって、今まで飲んだことのない人にコカ・コーラというのがどういう飲み物なのかを知ってもらう、興味を持ってもらうという土台作りをしたのです。

それにより1895年には海外のシロップ工場を設立するほどまでに、たくさんの人に飲まれる炭酸飲料となったのでした。

 

3.コーラをボトルにつめて、さらなる高みへ

最初はコカ・コーラはソーダファウンテンという、ドリンクバーにおいている装置のようなものを用いて、喫茶店などで提供されていました。

そしてコカ・コーラ自体の人気が出てくるにつれて、コーラをビンボトルに入れて販売する方法が出てきました。

それによってより世間に知れ渡るようになったのですが、それにともないコーラ人気にあやかろうと模造品を出す業者が出てきたのです。

模造品をそのまま放置していくのは、本家のコカ・コーラブランド自体に悪影響が出てくる可能性があるため、様々な対策を講じる必要がありました。

そのうちの一つがコンツアーボトルと呼ばれる曲線構造のビンボトルで販売することでした。

それまでは他の飲料水でも用いられている直線的なビンが利用されていましたが、このコンツアーボトルによって他のビンとは区別がつきやすくなり、また今でも見かけるような形になりました。

コーラと砂浜

 

世界的マーケティングにより、たくさんの人の当たり前へ

ロバート・W・ウッドラフさんは1923年に社長に就任し、国内だけでなく世界的にコーラを広めていきます。

彼はさまざまなマーケティング手法を駆使して、ブランド強化をはかります。そしてそのうちの一つがオリンピックでした。

1928年アムステルダム大会では、貨物船でコカ・コーラ千ケースが送られて、大会の会場近くの売店などで販売されたそうです。

そして今でもコカ・コーラはオリンピックの大口スポンサーになっています。

 

そのあとも様々なマーケティングを利用することによって、世界中に愛される飲料水になったコカ・コーラ。

公式HPにはここに載せている他にもたくさんの情報が載っているので、ぜひ読んでみてくださいね。

コカ・コーラのヒストリー[公式HP]

 

コカ・コーラのリボンボトル

上記でも述べた通り、コカ・コーラはマーケティングに力を入れています。

それについてはこれから調べていこうと思っているのですが、ここではそのうちの一つだけ紹介していこうと思います。

 

クリスマスの時期にはこういったCMを見かけることが多いのではないでしょうか。

ペットボトルについているラベルをまきとることによってリボンをつけることができる作りになっています。

こんなCMを見てしまうとつい買って、試してみたくなりますよね(笑)

 

ところでこれも公式HPに載っていたトリビアなのですが、赤いサンタクロースはコーラのクリスマスのキャンペーンに用いられたことによって世界的に広まったそうです。

それまでは青などの他の色のサンタもいたそうです。

サンタクロースにまで影響を及ぼすコーラブランドが恐ろしい(笑)

 

最後に

ひさしぶりにコーラを飲んだからという理由で調べ始めたのですが、トリビア的な事やコーラの歴史を知れて面白かったので満足しています。

 

個人的にマーケティング関係に興味があるので、またコカ・コーラが用いたマーケティング手法などを調べていこうと思います。

 

じゃあ、今回はこれくらいで。

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